その綻びを直す為に、何かがいま変わろうとしている。季節はその1.5倍のスピードで流れ、いつしか女の子は母になり、場末の占い師は予言者になる。ボタンのスプリングは緩くなり、手応えなんて、どこにも無い。
彼女と僕は駅を出ると寄り道をせずに真っ直ぐ僕らの家へと帰った。棚に陳列されたいくつかのウィスキーから一番古いものを取り出し、氷を敷き詰めた底の浅いグラスに注ぐ。
僕らの間には随分と時間があった様に思う。それは今現在流れている時間と、あるいは流れて行った時間も含めて。それを心地良さに変換する術を僕は得ていたし、時間とはそういうものだと思っていた。
注がれたウィスキーに浅く口をつけ、彼女は大きく息を吐いた。そして僕の大きな傷のついた左の頬に触れる。彼女の爪は、短く冷たい。
「あなたは左目の方が優しいのね」
丁度傷を覆い隠す形になった手は、アルコールで暖まり始めた体の代謝を促進した。
「傷、だいぶ小さくなったわね」
「君がこの傷をつけた時からもう1年経つからね」
1年前の今頃、彼女は小さなハサミで僕の頬に傷をつけた。それは浅はかな独占欲の放射であり、屈折した関係の行き着く先でもあった。
僕に印をつけたいと言ったのは彼女だった。僕はそれを”優しさ”で受け入れた。何かを失う事も考えなかったし、その頃はそれが万能だと思っていた。
「あなたはいつも受け入れてくれるのね、私が触れる事も、些細な我が侭も、この印も」
そう言うと彼女はグラスの中の液体を飲み干し、また大きく息を吐く。
「印をつける事も些細な我が侭も触れる事も、あなたを縛りつける為にやっていたわ。そしてそれが万能だと思っていた。でも違うの、そうすればそうする程、あなたが受け入れれば受け入れる程、私は逆に縛られていったわ。だって、終わりが見えないんだもの。」
「僕は君を縛っていたつもりはなかったよ」
「じゃあ、その優しさで私を救えると思っている?」
「思っていたし、思っている。僕は受け入れる事で君を救える」
「ねえ、何も変わらないのよ、何も。その傷が消えても、触れなくなっても、我が侭を言わなくても、きっとあなたはそれを受け入れてしまう。じゃあ私は誰になればいい?」
「君は君で良いじゃないか」
ふと触れようとした僕の手を、彼女は拒絶する。その綻びが、ほどけようとしていく
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