[2007.08.25] 正しい傷つき方

あの子、耳が聴こえないんだよ。振動は僕の耳を通る。そして彼女の耳の手前で動きを止めた。午後11時42分、ベッドの上、生暖かいクリスタルガイザー。彼女は今、きっと深海で暮らしている。

僕の、僕達の町の花屋の、僕のでは無い彼女は、毎日花に水をやりながら喋りかけて白い紙でそれを包む。その華奢な喉から出る振動は僕らには識別出来ない。それは何故か淀んだ空気を包む様な不思議な響きで、僕はそれを海の言葉と呼んでいる。

彼女を初めて見た時こんな夢を見た。
目を閉じれば世界に溶けてしまう様な無音の深海。小さな魚がクジラの口に向かって泳ぐ。あたしを食べて下さい、あたしを食べて下さい、あたしを食べて下 さい。それは余りにも簡単に世界に溶ける方法で、合理的な自殺だった。汚い振動はいつしか僕達をつまらない生き物にしたけれど、彼女はまだ七色に輝く生き 物のまま。暗い深海では目立ってしまう。だから彼女は長く生きられない。

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