[2008.12.10] スターゼン

 だだだだだだだだ
規則的に鳴り続けるミシンの音を聴きながら、昨日からほったらかしのクリームパイを頬張る。
「こんなに縫ってるのに、ねえ、こんなに縫ってるのに、終わらないんですよ」
初老で、それでいてプリティなおばさんは目を閉じながらミシンと向かい合う。
「終わらないんですかねえ、なら、終わらないほうが良いわよねえ」
そうですか。
綺麗な布だった。遠い中東の深い森の奥に自生している植物を使っているらしい。
「でも終わらないことなんて、無いわよね?」
私は少しばかりの金貨と青い髪飾りを身に付けて飛び出した。

南の劇場にはひょろひょろの小男がいた。趣味の悪い紅色の時計とソニックユースの海賊版のレコードを大事そうに抱えて、少しばかりの昔話をして生活している。
「大きい戦争が、大きい戦争があった、羊飼いは羊を逃がして戦場に行き、バイオリン弾きはバイオリンを捨てて戦場に行った。幸せになれたのは羊とバイオリンだけだった」
金貨を3枚与えて立ち去った。

東の山を1つ越えた先の怪しい研究所には、人の言葉を喋るふくろうがいた。
大量のコンピューターらしき物に囲まれながら、培養された野菜を食べて生きるベジタリアンだった。
「僕は世界を平和にする為の計算をしています。僕は世界を平和にする為の計算をしています」
ふくろうの足元に散らばる野菜の食べかす達が、それに続く。
「僕は世界を平和にする為の計算をしています」
「あなたも世界を平和にする為の計算をしませんか。あなたも世界を平和にする為の計算をしませんか」
私はそんなものいらない。金貨を2枚置いて立ち去った。

大きな海を渡った先の核シェルターには喋る事を止められない女がいた。
ブツブツブツブツ。
「虹が出ていますねあんなに綺麗な虹も目の錯覚だと考えれば生きれる気がしますでもわたしは…」
アナウンサーの練習の様に、聞き取るのがやっとのスピードで喋り続ける。
ブツブツブツブツ。
私は手持ちの金貨を使い果たしたので、青い髪飾りを女の頭にそっと付けた。女はにこりと微笑むと、喋り続ける合間に小さくありがとうと呟いた。それでも虹なんて出ていなかった。

大きな海を渡り、山を越え、北に歩き、私は故郷に帰ってきた。
ドアを開けると部屋はしんと静まりかえっていた。私はほったらかしのクリームパイを捨て、ベッドに寝転がり、いつまでもいつまでも眠り続ける。

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