[2007.08.11] あの子の未来は

オートミールの匂いは吐き気を催す。
「君が明日死ぬなら僕は今日死ぬ」とミュージカルの主人公は言う。じゃあ、あなたが明日死ぬなら彼女は今日死んでくれるの?
愛の名の下に死すら美徳にしてしまう芸術は表現の暴力でしかない。そしてそれはまた、僕のエゴでしかない。
オートミールは冷めた。昨日見たミュージカルが陳腐だったように、僕の目の前のオートミールも陳腐に思える。
食べる事もなくオートミールをスプーンでかき混ぜ続けていると、酷く汚い物に見えてきた。神が世界をかき混ぜて作った時の様に、僕はスプーンで世界を作る。ねえ神様、かき混ぜた世界は同じ様に汚かったかい?そして僕はスプーンに乗せた汚い世界を口に運んだ。
例えば僕がミュージカルの主人公ならこう言う。君が明日死ぬなら僕は君を忘れる。でも思うんだ、世界がもしもオートミールならばたぶん僕は君に出会わな いはずだって。かき混ぜられ続ける世界じゃ出会えない。ライフイズビューティフル、本当にそう思う。同時に、ライフイズオートミール。

ミュージカルのヒロインは死なずに主人公だけが死んだ。陳腐な台本だったが、その結末だけは評価している。死にゆく主人公の最後のセリフ、「生きたい。」
ミュージカルが終わった後に、隣に座っていた中年の女が言った。
「出会わなければ良かったんじゃない?さ、小腹が空いたわ、帰ってオートミールでも食べましょう。」
身も蓋も無い言葉に一通り笑った後、泣いた。

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