[2010.08.29] うまくとべない

「アズライト」
「あお」
「そひ」
「おれんじ」
「ワトー」
「みずいろ」
 僕らが色あてごっこをしているこの場所にはたくさんのガーベラが敷き詰められている。そいつらは何分かに1回自己主張をするように舞い上がる。ぼああっと空に舞う。僕らの先生ミセスボアールはその度に渋い顔をして、そうなると僕らはミセスボアールの眉間に寄る皺が何本か予想する遊びを始めるのだ。
「たいそう元気なガーベラね」
 ミセスボアールの眉間に皺が寄る。僕はそれを数えた。5なら僕の勝ち、6ならみんなの勝ち。
「5本だ!」
 ついつい大きな声をあげてしまった僕の顔を、ミセスボアールが不機嫌そうな目で見つめる。
「何が5本なのかしら」
「いえ、ミセス、ガーベラの花弁の数を数えていたのです」
「あなた、私の顔を見て大きな声をあげたわね」
「決してそんなことはありませんよミセス。なぜなら僕はあなたのその聖母のごとき美しい顔を、見つめることなどとーてー出来ないからです」
「教科書どおりの回答、どうもありがとう」
 意地悪そうな口調で言葉を発しながらも、ミセスボアールのその頬はぷるんとゆるんでいた。

 僕らが乗っているのは船だ。とっても大きな、海が根をあげそうなくらい大きな船だ。何処に向かっているのかは、誰も知らない。いや、ミセスボアールは知っているのかもしれないが、彼女は絶対に行き先を教えてくれない。僕たちにわかるのは、ここにいる子供たちは全員、うまくとべないってことだ。
「なあ、なんでガーベラは舞い上がるのかな?かな?」
 太り気味でえらくウェーブがかかった髪の子供が僕に聞く。
「生きてるからさ、本で読んだ」
「生きてるってどういうことだろ?だろ?」
「動けるってことさ、本で読んだ」
「俺たちも生きてるのか?のか?」
 そうだよ、僕たちも生きてるのさ、のさ。
「ああでも」僕は笑って言う。「僕たちはうまくとべない」
「じゃあ生きてないのかな?かな?」
「でも手は動くし、口だって回るだろ、だから生きてるんだと思うよ、うよ」
 ここにいる子供たちはみんな笑っている。ガーベラが舞い上がるたびに喜びの声をあげる。でも僕たちはうまくとべないのだ。うまくとべないからこの船に乗っているに違いないのだ。
 一つしかない窓のほうから、大きな声が聞こえた。
「見てみろ!鳥だ!」
 みんなが窓に駆け寄り、その向こう、空に飛ぶ鳥を見つめる。2羽の、黄色っぽい鳥が、僕らと同じ方向へ向かって飛んでいく。
「あの色はなんて言うのかしら?」
 一人の女の子が抑揚のない口調で言った。僕はその色の名前を知っていた。鳥の名前そのものの色だったからだ。
「カナリア、あれはカナリア」
 カナリア、あれはカナリア、少しずつ噛み砕くようにみんなが呟く。きれいな色だね。きらきらしているね。
 カナリアは本に載っていた写真で見たときよりも、何倍も何倍もきれいに見えた。僕は、生きてるってこういうことなのかと思った。
 その瞬間、僕らの背後でガーベラが舞い上がった音がした。ぼああっと、この部屋の天井に届くくらい、この部屋全て埋め尽くしてしまうくらい、そんな音だった。振り向きながらミセスボアールの眉間の皺を思い浮かべたが、視界の中に、もうミセスボアールはいなかった。見えたのは空気の場所まで奪ってしまいそうなガーベラたちだった。ガーベラが飛んでいる、カナリアが飛んでいる、なのに僕たちだけはうまくとべない。

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