生まれ変わったら何になりたい、という話を良くした。大体僕はもう一度人間になりたいという結論に達するが、彼女はそれを聞いて首を傾げた後「私はあな たの髪を揺らす秋のかぜになりたい」と言う。かぜ、かぜなんかでいいのか、と僕が問うと、もう一度人間に生まれるのはとっても難しい(事の様な気がしてい るだけだが)だろうし、せめてかぜに生まれてもあなたに触れてみたいのだ、秋というのはただ秋が好きだからだ、と言う。彼女は秋の知らせと共に僕の髪を揺 らすかぜになりたいのだ。
人間に生まれる事がとみに崇高なのであれば、僕らは選ばれしエリートなのかも知れないが、僕にその自覚はない。ないから僕は人間に生まれたいと思う。そ れならば、かぜに生まれ変わりたいと言う彼女は人間を崇高なものと捉えながら、その反面卑下しているともとれる。これに気付いても尚、僕は何に生まれ変わ りたいかの話をするのだが、それは僕にとって彼女が二律背反で押し潰されやしないだろうかという確認に他ならなかった。
事実僕らのこの習慣は春に僕が彼女の元を去るギリギリまで続けられたのだが、最後までとうとう2人の意見が変わる事はなかった。僕は心の何処かで彼女が変わるのを期待していたし、彼女の元を去る結論に至る過程にはこの期待も少なからず影響していた。
さて、なぜ僕が半年も前に別れた女性の事を思い出したかというと、掃除中の部屋から彼女の髪飾りがひょんと出てきたからだ。髪飾りなど彼女にもらう理由 もないし、何故今更彼女の私物がと思ったが、僕の部屋の汚さから考えれば何処かに紛れていたとしても不自然ではない。それを片手に今僕は懐古に浸っている という訳だ。
掃除をする気を大いに削がれた僕は、ほんの出来心でそれをつけ洗面台の前に立った。短い髪につけた事もあってかそこにいるのは何とも不格好かつ情けない 男で思わず吹き出してしまう程だった。その拍子に髪飾りは外れ、カランと音を立て床に転がる。同時に、換気の為に開けたリビングの窓からかぜが入る音を聞 いた。
僕はゆっくり髪飾りを拾うと、洗面台の引き出しに入れ、掃除を再開する。
僕は偶然を愛するが故に人間を崇高だとは思わない。僕の髪を揺らすかぜは僕の髪を揺らせなかったのか。そんな事はもうどうでもいいのだ。別にもうどうだっていいのだ。僕はただ彼女が元気に暮らしている事を願い、確信して、秋の窓を閉めた。
Advertisements