[2009.09.10] 灰色の錠剤

壁に絵が掛けられている。綺麗な女性の肖像画だ。その前に小さなテーブルがあり、そこには灰色の錠剤が一粒ある。五人の酷く顔色の悪い子供達がテーブルを囲んで走り回っている。一際体の小さい男の子が僕の顔を見てこう言う。

「この錠剤を飲めばこの絵の中に入れるが二度と戻ってこれない。僕らの友達になればこの絵を綺麗だと思いながらずっと生きていける」

言い終えると男の子は笑いながら輪に戻っていった。静かな空間には子供達の笑い声と、足音と、僕の呼吸しか響かない。錠剤は灰色に光る様に見え、僕が手を少し伸ばせば届く位置にある。

「君はまた忘れたのか、木の根っこに座ると風を感じると言った時のあの子の顔を。君が窓から身を乗り出して、落ちるフリをして、解っているのに本気で心配してしまう時のあの子の声を。君が泣き崩れた時、どうしようもなく思わず君の頬を撫でたあの子の手を、また君は忘れたのか。そうしてまた無かった事にして 選択するのか、選択するフリをするのか」

「神様、僕には夢がありました。僕は僕以外の誰かを幸せにするという夢がありました。でも僕にはそれが出来ませんでした。僕は僕すら幸せにする事が出来 ませんでした。どうしてですか、僕が人間だからですか、僕があの”くだらなくてしようもない人間”だからですか。なら僕は神様になりたいです。僕は貴方に なりたいのです。こうしている間にスラムの女の子は小さな体を売っています。もうろくの淫売達にそそのかされて小さな体を捧げています」

そして僕は錠剤を握り潰した。顔色の悪い子供達は砂になり、肖像画の女性にはもう顔が無い。海は怒っているし風は泣いている。土は渇きを癒す為に僕の体温を奪う。
潰した錠剤から溢れた記憶や言葉も砂になった。スラムの女の子の体は何枚かの札束になった。もうろくの淫売達はカラスになった。それでも僕は、僕だけは誰にもなれない。

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