指の先、ちらちらと揺らしながら喉奥に触れる作業、二発目でえづき、三発目で嘔吐する。便器のひんやりした温度で右頬を鎮める。ぶらんと下げた手が床に当たる第二関節の骨に響く痛いと感じる、よし、『いま』なんとか生きてる。視点が低いときは、魂が貧しく感じる。汝清貧であれ。でも、魂は毎回しぼりかすみたいに頼りない。そういうときは、意味なんかねえ、意味なんかねえ、って思う。私生活パーフェクトっぽい隣人の笑い声が壁鳴りみたいに響く。何を見て何を聞いて誰のために笑うのだろう。笑い声って瞼の裏に響いて赤くなってチカチカするなあ。便器の中に向かって、あああああああ、って言ったら響いた、から、笑った。
そういえば起きてからなんもしてない、と思って立ち上がって、棚からゴミ袋とって、開いて、部屋を掃除する。十秒で飽きて十六秒で疲れる。理性とは何だろうか。尊い意思に従い、愛のために愛を愛し、節制に努め、神を奉り、恩寵を待つ。違う? でも思うよ、分かるよ、知ってるよ。俺は誰かの為に生きてみたい。この汚くてみすぼらして塵ほど価値のない命(魂?)を分けて、例えば、花屋で働く君にあげる。それを君は食べて、吐き出して、つばを飛ばして、ふとガーベラの色の無作為な鮮烈さにうっとりして、それを見たホームレスが美しい雨に当たりたいと北へ旅を始め、踏み出した足に鼻の利かない野良猫がぶつかり、それを慈しむ学生服の女の子が、帰り道、茶色い靴を履いたメガネの曇った太ったアジア系ハーフの男に誘われて上り電車に乗る。
本棚に並ぶ背表紙から嘔吐を見つける。最終的にサルトルは間違い続けた訳で……でも、間違うって何だろうか。ただ、アンガージュマン、だなんてさあ、俺 は何処に飛び込むのさ実際。机に顔を乗せる電話来る出る。古い、忘れかけてたくらい古い友人で、こういうとき、記憶って邪魔だなあと思う。忘れ切れば相手しないで済む。同窓会の誘い断る切る。その勢いを殺さぬようベッドに放置したズブロッカを開けてぐいと飲む。喉をじりじり焼く、許容範囲を越えた隠しきれ ない苦味を、敢えて堪えきる我慢、をアルコールは大抵否定する。受け入れればいい。大概のことは受け入れればいい。あるものはある。あるものの奥、上、中、全体、もっと超感覚的な部分にもやっぱりあるし、時間にもなんかあるし、運動にもなんかあるし、その間にあるもののも近似値で限りなく表せる。ただ見 えてない、知覚できないだけで、即ち知性、理性。パソコンのスクリーンセーバーがチカチカ光を発して、ああネオンみたいと思った。七色に光る七つの球体が ランダムに動きまわっている。赤、右上に当たり、緑、黄色と接触せん、黄色、後に左下に当たり左上隅に接近。机に顔を乗せてずっと
それを見る。ずっとそれを見て、飽きたから右目を塞ぐ。左目だけで光を見てたら、曖昧にしか捉えられなくて、次第に枠をはみだして、青は電子レンジに当たって語作動を起こし、緑は眼前をすりぬけ公共料金払い込み伝票を汚し、黄色は外に飛び出し何処かの電車を爆破し、赤はこの世で一番汚い金に変わり僕の当 面の食欲を満たし、ピンクは君のお気に入りのワンピースにとてもとてもかわいらしい色をつける。
なんて軽薄な認識。薄ら寒い、乾ききってる、抑揚がない、色彩に欠ける。それでも右目は開けない絶対開けない絶対。ねえ、片目を瞑って部屋中を見渡すと、すごく自分が頼りなくて小さくて無能に感じるのは何故なんだろう。
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