芝居じみた優しさと悲しい正解が飛び交う田舎町。黄金色の田園の真ん中で立ち尽くしていた。
ウィルという顔の無い女の子の話を思い出す。
ラストシーン、ウィルは傷付いた兵士から貰った白く汚い花を抱いて森のクマの家を燃やした。そしてその火はいつしか森全体を覆い、それはまたウィル自身をも飲み込もうとする。
何も解らない白痴の少年はからがら森の外へ逃げ、燃え続ける森を前に立ち尽くしながら「赤い花が咲いた」と呟く。その後彼は胃の中の物を全て吐き出しながら泣き叫び続けた。
クマは最後まで森の中をさ迷いながらウィルを探し続け、そして燃え盛る炎に包まれ倒れているウィルを見つける。
「お嬢さん、お逃げなさい」そう言ってウィルを抱き締め、今にも崩れ落ちそうな我が家へ戻って行った。
左足に押し潰された稲穂が体全体に絡みつく感覚に襲われる。
あの小説の少女は誰に許されたかったのだろうか。それとも誰を許したかったのだろうか。白い花しか咲かない森に赤い花を咲かせて、彼女は初めて「いきた」。その胸に抱いた花はいつまでも汚い。ウィル、それは意思で、だから彼女はウィルと呼ばれた。
あの森が白い世界の様にこの田園も黄金色だけの世界の様に思えた。しかしここに火をつけても絶対にクマは僕を探してくれないし、白痴の少年は泣き叫ばないだろう。それなら。
座り込むと視界は黄金色に埋まった。また一段と錯覚を起こす。フリーズする。容赦の無い暴力的な日差しから逃げのびた僕はポケットから白い花を取り出すと、指で粉々に千切った。
少し眠たい。
僕は田園に埋もれている。夜風にざわめく稲穂の音に混じってブリキの兵隊のマーチが遠くから聞こえる。クマの煎れた甘いコーヒーの匂いが漂う。暗闇の向こうに優しい目をした女の子が浮かぶ。
僕はもう白痴じゃないし、君には顔がある。だから何処にキスをしたらいいか、解るよ。