佐波山通りを越えた先、一つ目のT字路を左に折れ、インド人が経営しているカレー屋の隣にある小さな公園のジャングルジム。そのてっぺんで僕は無糖にも 関わらず過剰な甘味料で甘ったるくなったコーヒーを飲んでいる。申し訳なさ程度の砂場に竣工途中の塔は、主を失い侘びしく佇んでいる。
三人組の女子中学生が薄茶色のベンチに腰掛け、頬を赤くしながら話をしている。
かすかに聞こえてくるいくつかの単語から推測するに、それは恋の話に違いなかった。僕は聞こえないフリをしながら、ポケットに突っ込んだ煙草を取りし、火をつけ、二度吸い込む。
5月の風は思った以上に強く吹き、女子中学生のスカートがさざ波の様に揺れている。目にチクチクと入り込む前髪を押さえ付け、ふいに僕はマキナニーの本の表紙を思い出した。
タイトルは確か「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」だった。
記憶から引っ張り出された妙にテンポの良いタイトルは、何度も僕の頭の中に反響していく。
ブライトライツビッグシティ。スパイスの匂い。ブライトライツビッグシティ。揺れるスカート。甘ったるいコーヒー。ジャングルジムのてっぺん。ジェイ・マキナニー。出来損ないの塔。
タバコを吸い終えると同時に不毛な連想ゲームを終えた僕は、ジャングルジムから降り、公園を後にした。女子中学生とのすれ違いざま小さな声で「気持ち悪い」と聞こえた気がしたが、僕はそれも聞こえないフリをした。
そしてまた彼女達は恋の話を始める。僕は僕の生活に戻り、カレー屋はカレーを作り、スカートは揺れ、塔は主を失ったまま佇む。5月の時間が流れ、1が2になり時計は緩やかに流れる。
佐波山通りを歩きながら、僕はさっきの女子中学生の顔を思いだそうとしたが、誰一人として思いだせなかった。