誰でもいいよ僕を忘れてくれよ目の前の事実って奴が僕には重いんだ背負うには弱いんだ折り合いがつかないんだ体が言うことを聞かないんだ意味のないものを求めてしまうんだ暗い部屋に灯りが欲しいんだ汚い犬が歩いていくんだパレードがいつまでも鳴り止まないんだ庭を作ろうよ僕らの庭涼しくて僕らしかいない庭大丈夫さ一緒に生きていこうこの場所でこの時間でこの言葉で分かち合おう二人でネジを絞めよう二人で扉を直そう二人で天気を疎ましく思おう二人で手紙を書こう海を見下ろせる場所で鳥が沢山飛ぶ場所で君の髪に指を滑らせよう君と苦い酒を飲もう海を見下ろせる場所で使い古された合図で肩越しに見える景色で。 傷ついたガラス玉みたいな目をした女性の患者が僕の前に座る。彼女は機械的に口元を動かし、自らが如何に汚れて生きてきたかを語り始める。悪夢のような長大な時間を小さな体で受け止めてきたのならば、誰かがそれに気付いてあげなければいけない。傷付く権利をあげなければいけない。忌み嫌うべきものが、存在しうると、認めてあげなければいけない。そしてその額に優しく口付けるための温度を、僕らは迎え入れるべきじゃないのか?
「いつも思ってることがあるの」
「どんなこと?」
「自分の体が自分のものじゃなくなったときのこと」
「とっても難しい話だね」
「ねえ、例えば、きっと悲しみが染み出すのよ。私の汚い体、食べかけの葡萄みたいに……」
「それは正しいことなのかい?」
「正しくは無いわ、でもきっと間違えてしまった訳でもないの。ただ、少しだけ手を伸ばすのが遅かっただけ」
「繋ぎ止めることだって出来るさ」
「プラスチックの鎖で永遠に繋がれることは幸せ?」
「君の為ならば」
「同じように思っているの、せめてもう少しだけ、季節がゆっくり流れればいいって……」
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