地図に無い町でビルの屋上の手すりを飛び越える子供たち、果実の種を頬張りながら張り磔にされるサーカスの一団、泥だらけになりながら西へ逃げる羊飼い、ガードレールに寄り掛かり合図を待つ乞食、自分が全知全能の神だと信じ込んでいる衛生兵、愛を語り合う盲の恋人たち、大きなタンカーで運ばれる無数の ガーベラ、部屋いっぱいに敷き詰められた万国旗、水の枯れた蓮池、光で溢れた道、光で溢れた町、光で溢れた未来、光で溢れた日常、光で溢れた笑顔、光で溢れた札束、光で溢れた純潔、大きな犬を飼う女の子、目を閉じると自己主張の強くなる睫毛、理解の範疇を超えた大海、ブリザードが吹き荒れ、娼婦たちは商売にならぬと部屋へ篭り、子供たちはどうして雪の塊はゴツゴツ固いんだろう不思議だなあと思い、大人たちは神を恨み、喉を枯らして何度も叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
「ぴかぴか光っているあれは星？」
「どれだろう良く見えないな」
「あれはきっと星ね、だってあんなにぴかぴか光っているもの」
「手を伸ばしたら届きそうかな」
　かわいい女の子、神様はいまここにはいないんだ、ありがちな話、ありがちな結末、ありがちな悲しみで、結局僕らはみな救いを求めている。
「星、星、星、星、星、星」
「たくさんの星」
「たくさんの星」
「あれがみんな死体だったらどうしよう」
「どうしよう」
　かわいい女の子、君はきっとどこまでも歩く、死体の光が届かぬ果てまで、君はいつまでも歩く。そしてある坂道を登りきり、空が近くならぬことに気付く。かわいい女の子、それでも君はどこまでも歩く。　
「神様お願いです、私が不幸になるのは一向に構いません、だからせめてみんなが笑って暮らせるようにしてください」
　かわいい女の子、君は赤みがかったほっぺたを茶けた枯葉で埋もれた地面にそっと擦り付け、ようやく体温を感じる。そして枯葉に埋もれた汚い記憶や、清く生きることを諦めた幾人かの人間の歩みを知る。
「ぴかぴか光っているあれは星？」
「星？　星？　星？　星？　星？」
　かわいい女の子、君はいつか母になり、子宮からの景色に想いを馳せる。未来が線になって収束していく一つの点を掴み取ろうとする。芽吹いた一つの蕾を見たあと、心の優しい農夫の夫の耳元で何度も呟く。
「あれは星、あれは星」
「どれのこと？」
「私にしか見えないの」