[2011.03.20] キッド

 お前に伝えなければいけないことが沢山ある。美しい瞬間を思い浮かべるんだ、そして一つ一つ名前をつけていこう。少女がピンクの可愛いナイフを買うとき、パパが連れて行ってくれた小さな飛行船のなか、ずっと奥その奥の奥まで続く海、したたるカラフルな樹液を集める少年、未来のない小説家。それが終わったらドアのワクの寸法を測れ。君は踏み出さなければいけない。民衆に伝えなければいけないのだ。たった三枚の金貨のために君は売り飛ばされ、たった一発の爆弾で君は死にゆく。そして思い浮かべる、水晶越しに見る素晴らしい光景を。
 ロボットを作ろう。父は言った。君はスーパーカーが欲しかった。と てつもなく速く、見とれるほどカッコいいスーパーカー。空気で擦り切れるほどスピードをあげて、ガードレールに正面衝突、粉々に壊したい。パーツを抱えき れない宝箱に詰め込んで旅に出たい、でも抱えきれない宝箱じゃあ持っていけないよね。
 パパはロボットを作るために若い女を買った。東洋的な顔立ちをした、浅黒い肌の女。ピンと張り詰めた頬に果実のような唇。首には小さなペンダントが揺れていた。女は、ペンダントを僕に見せる。
「これ君のフィアンセ?」
 問いかけても、女は何も喋らない。ペンダントにはめ込まれた写真のなかで、男は笑っている。女は、微動だにせず、何も喋らない。
「君はロボットになるため、それだけ、これっぽっちの理由で連れてこられたんだ。哀れな女なんだ」
 女は大きなあくびをした。
 パパはロボットを作るのに飽きてしまった。最初から欲しくなかったのだ、何のために欲しかったかも分からなかったのだ。僕は変わらずスーパーカーが欲しい。粉々に壊したい。女はここにいて、今も僕にペンダントを見せ、何も喋ろうとはしない。

Advertisements